2011/06/14

支援活動第二弾プロジェクトが無事終了しました。

たくさんのみなさんのお力添えで無事に第二弾プロジェクトを
終えることが出来ました。
改めてみなさんのあたたかいご支援に感謝いたします。
本当にありがとうございました。

また、実動部隊のみなさんにおきましては2日間本当にお疲れ様でした。
BBさん、大量の食料品、お菓子の手配ありがとうございました。
パルさんには1,000km以上もの往復の運転ありがとうございました。


では2日間の行動をご報告いたします。

6月10日(金)
17時より永和物産(東葛西/東京)にて食料品、お菓子、おもちゃ等の積込み作業。





6月11日(土)
午前6:00集合、即気仙沼に向け出発。
13時30分過ぎから気仙沼市地方青果市場にて食料品の搬入。





14時30分過ぎから気仙沼小学校避難所にてゲーム機、絵本、お菓子を届ける。








気仙沼市内では仮設住宅の建設が進み多くの被災者が仮設へ転出。
避難所にいた子どもが少なくなっていたため仮設住宅においても子どもたちを探して物資を配ることに。

気仙沼公園市民グラウンド仮設住宅にて。
たくさんの子どもたちの笑顔を見ることが出来ました。





続いて気仙沼中学校避難所にて同じく物資を搬入。
年長さんだという女の子はおもちゃをもらい大喜び。




同中学校避難所では富山からボランティアで来ているご婦人にお話しを聞かせてもらった。

気仙沼中学校校庭に建設された仮設住宅にて。
2歳と1歳の女の子。
翌日、ママさんから話しを聞いたら繰り返し、繰り返し、
『となりのトトロ』のDVDを見ていたそうだ。





こちらのママさんは3人目の赤ちゃんがお腹の中に。
仮設住宅での不便な暮らしの中でも明るく頼もしい。
元気な赤ちゃんが生まれてきますように。


再び気仙沼公園市民グラウンド仮設住宅に戻り子どもたちを見つけて配布。



この中のママさんには我々の活動趣旨をお話ししたうえで協力を依頼し、
仮設住宅内(市民グラウンド全106戸)においてのニーズを取りまとめて頂いたり、日々変化する仮設内の状況を提供して頂くことを快諾して頂きました。
これにより直接支援がよりスムーズにいくことと思います。
この場をお借りして御礼申し上げます。

このママさんからはこのようなメールを頂きました。

『先日は本当にありがとうございました。
昨日お話ししたとおり、娘は本当に嬉しかったみたいで、今日もDSと一緒に寝ています(笑)
今日(13日)仮設住宅の集会があったのですが、住民の方からいつ物資が配られているのかが分からないので、役所の方が窓口になって前もってビラを配るなどして情報をいただければうれしいという意見があり、今までは役所は介入しなかったのですが、検討してみるそうです。
今日の集会では若い方はあまり来なかったので、お子さんがどれ位居るかなど全然情報が得られませんでした…。
申し訳ありません。
あまり役に立てるかどうか分かりませんが、何かの時は連絡いただければと思います。』


続けます。
こちらの方は静岡県島田市より娘さんと来た花屋のおばさま。
仮設住宅の人たちにお花を一輪づつ配っていた。
『義援金や募金などは当然しているが、何か自分に出来る活動をしないとね』
と仰っていた。
その行動力と熱意には感服しました。
翌日、中学校校庭の仮設住宅でもお姿を見かけました。



こうして初日の活動を無事に終了することが出来、たくさんの子どもたちの
笑顔を見ることが出来ました。



震災から3ヶ月が経った気仙沼市内の中心部では瓦礫の撤去も進んだ様子だったが、車で5分も走った港から北の鹿折地区では瓦礫の撤去も進んでいない様子であった。
復興という言葉には程遠い現実に呆然とする。
この有様を目の当たりにすると同じ日本人として、少しでも何かの役に立ちたいと思うのであった。

南町付近




鹿折地区








6月12日(日)
我々が宿泊したホテルの屋上ではTBS系番組『サンデーモーニング』の生放送が行われていた。



9時過ぎ、今回も色々とお世話になった気仙沼市危機管理課の新田さんを訪ね市役所へ。




今回はじめて分かったのだが、新田さん自身も津波により中央公民館に二晩避難し三日目に漸くヘリで救助されたそうだ。
公民館には小さな子どももいたので3日間食べ物は口に出来なかったそうだ。
新田さんの家族や市役所の同僚は新田さんの生存を諦めていたそう。
この様な話しをサラリとする新田さん。
本当に凄い人だ。
震災での体験があるからこそ我々の支援活動にも時間を惜しまず協力してくれるのだろう。

市役所を後に石巻市立大川小学校へ向かう。
以前にも書いたことがあるがこの大川小学校、全校児童108名のうち74名もの児童が死亡・行方不明(6名)となった。

北上川沿いに車を進めていると消防隊による行方不明者の捜索活動が続いていた。






気仙沼市内の花屋さんでこのような献花を作って頂いて献花をして参りました。







瓦礫の撤去作業には多くの自衛隊の方たちが奮闘されたそうです。
瓦礫が綺麗に撤去された校舎は。。。







カメラのファインダー越しに見る現実の厳しさに、涙が溢れ出るのを堪えきれませんでした。

ところどころ文字が剥がれ落ちた校歌。



津波の難を免れた生徒たち、これから大川小学校に入学するであろう子どもたちが
、元気よく校歌を歌う姿が一日でも早く訪れる事を願うとともに、未だ行方不明になっている子どもたちが見つかることを願わずにはおれません。


こうして2日間の活動を無事に終えることが出来ました。
みなさんのご支援、ご協力本当に感謝いたします。

復興に向けて長い道のりを歩んで行く被災地の厳しい現実。
2度の活動を通して我々が見たのはほんの一部でしかありません。
しかしこの現実を見た以上、支援活動、特に被災を免れた子どもたちへの支援活動を本当に微力ではありますが今後も継続して行きたいと改めて思います。

お前たちのやっている微細な活動など自己満足に過ぎない、とのお叱りを受けるかもしれませんが、我々が出来る事を少しづつでも行動に結びつけ活動して行きたいと思います。
今後ともみなさんのあたたかいご支援を頂きますようお願い申し上げます。

なお、収支報告は2、3日中にご報告いたしますので宜しくお願いします。

第三弾プロジェクトは7月末を目標に計画して参ります。


最後になりましたが現地の映像をまとめましたのでお時間のある時にでもご覧下さい。


その他の写真は(mixiのアカウントをお持ちの方のみご覧いただけます。すみません)こちらです。
http://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000024985846&owner_id=21206523

mixi日記より転載。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1736765066&owner_id=21206523

以上、Silver Kこと玉井一由

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